「がんになっても自分らしく働く」を支える ― 馬場洋介先生と考えるキャリア支援のこれから
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- 8月19日
- 読了時間: 8分
更新日:8月26日
当団体の理事でキャリアコンサルタントの廣田純子が、日本キャリア・カウンセリング学会の会長の馬場洋介先生と、がんり患者の治療と仕事との両立支援ついて語り合いました。

話し手:馬場 洋介(ひろすけ)
日本キャリア・カウンセリング学会 会長、帝京平成大学大学院 教授、平成医会 リワーク統括責任者

聞き手:廣田 純子
がんと働く応援団 理事、国家検定1級キャリアコンサルティング技能士
目次
1.キャリア支援とは“どう生きるか”に関わる支援
廣田:本日は、帝京平成大学大学院教授であり、日本キャリア・カウンセリング学会の会長でもある馬場洋介先生にお話をうかがいます。先生は大学での心理支援職の育成から企業内の職場復帰支援まで、幅広い領域でご活躍ですよね。
馬場:ありがとうございます。もともとは、働く人のメンタルヘルスを支えたいという思いからこの道に入りました。企業での支援者はまだまだ必要と考えているので育成は私のミッションだと考えています。また、三次予防として復職後にその病を抱えながら、どうキャリアを積んでいくかということについて10年以上取り組んでいます。
廣田:まさに、病気の「治療」だけでなく「人生に戻る」支援ですよね。企業や医療者との連携の中で、「どう働き生きていくか」のところを支援されているのがとても印象的です。
馬場:復職支援に関わる中で、治ったかどうかではなく「どう生きていくか」に焦点を当てる必要を強く感じます。私は、キャリアを広い概念だと捉えており、仕事だけでなく、病気や家庭、メンタルの問題も含めた「人生全体」が支援の対象だと考えています。そして、がん治療と仕事の両立も、まさにその文脈に存在するテーマなのです。
2.がんは身近な病気に — 突然の相談に対応するためには「がんを知る」ことが第一歩
廣田:先生には、私たち「がんと働く応援団」の事例検討ワーク(※)にもご参加いただきましたが、いかがでしたか?
(※)実際のり患者の相談事例をもとに、支援者が課題や解決策を話し合う演習
馬場:正直に言えば、自分自身、がんに関する知識が全然足りていなかったと気づかされました。知っているつもりでも、実際にどんな不安や葛藤を抱えているのか、当事者の視点を持つことの難しさを実感しましたね。支援者として、当事者のリアルな悩みに寄り添うには、まず「知ること」が必要だと痛感しました。

廣田:がんは生涯で2人に1人がなる「身近な病気」なのに、正しい情報は意外と知られていません。支援者自身が「知らないことにすら気づいていない」ということもありますよね。
馬場:そうですよね。たとえば、(大腸がんや前立腺がんの)排泄機能に関わる悩みなど、見えにくい困難があることも、こうした講習を通して知りました。支援者にとって大切なのは、患者の抱える現実に思いを巡らせる視点。つまり、がんによって生じる支障に対して想像力を持てるかどうか、それが支援の質を左右することになります。
廣田:これだけ身近な病気になると、実際にそのような相談に突然対応することになった企業人事の方や支援者の方がいらして、「慌ててしまって上手に受け止められなかったのでは」「適切な対応ができなかったのでは」と後から不安になるというお声もきいたりします。
馬場:キャリア支援者が“がん”を知らずに支援することは、メンタル不調を知らずにカウンセリングするのと同じくらい危ういことだとも言えます。正しい知識をもってクライアントの状況を適切にアセスメントしたいですね。
3.企業のキャリア支援者にとって、がんの知識は標準装備の時代へ
廣田:私たちは、そうした課題に対し、両立支援者を育成するプログラムを展開しています。初めての方にはまず「気づく」「分かる」フェーズで知識を提供し、次に「できる」に進むためのeラーニングやロールプレイ、そして継続的な対話の場まで、段階的に学びを支援しています。
がんを経験した方が“あのとき、相談できる人がいてよかった”と心から思えるような支援者を増やしたいと願って運営しております。
★がんと働く応援団の両立支援者養成講座について★
講座は段階的に設計されています。
①「気づく」「わかる」フェーズ
がん、治療、支援の全体概要を知るセミナーなど
②「できる」フェーズ
より詳しくがん、治療、支援の知識を深め、ロールプレイなどを通して実践的に学ぶ。eラーニングと集合研修
③「のばす」フェーズ
事例検討やスーパービジョンで支援力を磨く
④「つながる」フェーズ
医師との対話や交流会、また講座卒業生がつながるFacebook交流会などで継続的に対話を続ける
馬場:すばらしい取り組みですね。先ほど廣田さんがおっしゃったように、がんはもはや「特別な病気」ではありません。
企業人事で働く方、産業医療の現場にいる方、そしてキャリアとメンタルの両方を支援する立場にある方々、そういったキャリア支援者にとって、がんの知識は“あって当たり前”の標準装備になってほしいと思います。
廣田:がん患者の多くが働きながら治療を続けており、「職場にどう伝えるか」「どのように配慮を求めるか」「伝えたら不利になるのではないか」といった悩みを悶々とかかえていて、相談先を探しています。

馬場:そうですね。がんは「周囲の人にどう思われるのか」と考えてしまい、言い出しづらい病気かと思います。そこは他の語りにくいテーマ——LGBTQや障がいなど——とも通じるものがありますね。支援者にはぜひ、そういったことも「受け止め、つなぐ」役割を果たしてほしい。そのためには、知った後に、実践を通じて、支援の幅と深さを磨いていくことが重要です。がんと働く応援団の両立支援講習プログラムは、そうした学びの場として非常に価値あるものだと思います。
4. 支援者にも“つながり”が必要—社会インフラとしてのキャリア・カウンセリング
廣田:がんのり患者の方の悩みは、治療だけでなく、り患したことでメンタルな落ち込みがあったり、そのせいでキャリアの不安が生じたり、それが治療に悪影響を与えたりと、様々なものがからみあうものだと思います。それを幅広く受け止めていきたいわけですが、全部ひとりの支援者で対応することには限界がありますよね。
馬場:おっしゃる通りです。支援者として“どこまでが自分の領域で、どこからが医療や他専門職に委ねるべきか“を判断する必要があります。そのためには、正しい知識に加えネットワークが重要です。支援者同士の連携や、異なる専門性とのつながり、こうした「つながり」は支援の質を高めてくれると感じます。
さまざまなシンポジウムや研修会に参加すると、知識だけでなくこうしたつながりも築くことができます。私が年次大会委員を務めている日本産業精神保健学会でも、産業医の提案で仕事との両立支援にキャリアの視点も取り入れたいという話が出てきており、今後はそうしたテーマを積極的に取り扱っていきたいと思っています。
廣田:そうですね。キャリア支援の実践者が集まる場は、支援者が孤立せずより良い相談対応を仲間と知恵を出し合う場として重要と思っておりましたが、さらに、医療者や他の専門職とのネットワーク構築の場としても価値があるということですね。
馬場:そうです。このように領域をまたいだ支援のテーマは拡大していくと思います。実際、廣田さんに昨年の日本キャリア・カウンセリング学会シンポジウムでがん治療と仕事の両立について講演いただいたときの反響は大きいものでした。
学会というと敷居が高いように感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、実践者の集まりなので、ぜひ一歩踏み込んで参加してほしいですね。1人の支援者には限界があるからこそ、さまざまな専門性を持つ仲間との連携がかかせません。こうしたつながりをもって支援することで、キャリア支援が「社会インフラ」としての価値を持つと考えています。
廣田:キャリア・カウンセリングが社会インフラとなり、誰もがより良い生き方を目指せる社会を目指していきたいですね。馬場先生、本日は貴重なお時間ありがとうございました。
日本キャリア・カウンセリング学会(旧:日本産業カウンセリング学会)について
1996年に設立。研究者と実践者が集まって自由にフラットに交流して、学習して、成長していくことを目指したコミュニティ。
本学会は、キャリア・カウンセリングを以下のように定義している。
「人間尊重を基本理念として、働く人が心身ともに健康で、それぞれの個性と役割が十分に発揮されるよう支援するカウンセリング活動の総称である。学術研究と現場実践に基づき、個人・集団はもとより組織に対して提供され、それらの成長・発達と共生関係の実現、ひいては幸福かつ持続可能な社会の創造に寄与する専門的過程である。
メンタルヘルスケアとキャリア形成支援を2つの重要な柱として、研究大会・総会の開催、研究会・研修会・ワークショップ・講演会、学会誌・会報の発行を行っている。会員数は約1,100人。
2025年11月22日(土)、23日(日)には「第30回記念大会」(ハイブリッド形式。会場:帝京平成大学池袋キャンパス)が開催される。詳しくはこちら。
2025年5月115日
文 =がんと働く応援団 野北 まどか









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