がん防災マニュアル:制作秘話② がん専門医 押川勝太郎先生(下)

最終更新: 7月11日

このシリーズはがん防災マニュアルの制作に裏方のメンバーのご紹介と思い入れについてご紹介するシリーズです。第二回目は押川先生の続きです。患者さんの幸せと医療の関係とは? (第一回目はこちら




4.「小さな行動」だけでできること ~ささやかなセルフケアのアイデア


野北(以下、N):現在がん治療中の方に、一番伝えられたいことは何ですか?

押川先生(以下、先生):何が一番つらいと言ったら「不安」なんですよね。

「恐怖」というのはちゃんと対象物がはっきりしているからまだ怖いものがどこいるかわかるけど、「不安」というのは対象がはっきりしていないので、考えれば考えるほど不安になっていく。

その不安を解消するために、一番大事なのは「行動すること」。すぐには出来ない方もいらっしゃるかもしれないけれど、動いてみる事で解消する不安もあるんですよね。


たとえば、日記を書くだけでも良いんです。人間の短期メモリーには限界があり、頭の中で考えていても思考が空回りするだけです。不安なことを1番から3番まで考えていても、4番目を考えているうちにもう1番目の事は忘れていますから‥‥(笑)。

自分の不安が「どこに」「どのジャンルで」存在するか、ちゃんと書いて整理することで「思考が前進する」というメリットがあるんですよ。

他にはYouTubeを見る・質問する、もちょっとした行動です。チャットや書き込みをできるようになったうつ病の方もいらっしゃいましたし。

とにかく具体的かつ主体的に動くことが重要で、もしうまくいかなかったとしても「この方法では分からなかったというのが分かる」という意味では大きな前進だと、いうことですね。

大学生24歳時のラグビー部のころ

N:先生ご自身では不安への対処はどうですか?

先生:若年の時は、いろいろ錯誤して自分で編み出しましたね。大人になってからいろんな本を読んで、あれは良かったんだと再確認したりね。


N:メモを取ることもされていたんですか?

先生:僕の場合はメモじゃなかったんですよね。一人でぶつぶつでした。しゃべる事が、実は思考が言語化されて頭が整理されます。




〇がん防災マニュアルのオファーと「推し」のページ

N:がん防災マニュアルに関わったきっかけをお教えください。

先生:野北さんから「がん防災」という言葉を使っても良いかというお話を去年2月頃にもらいました。今までも様々な人といろいろ取り組んでたので「どんどんやってください」「助言するだけでOKなら」くらいの軽い気持ちで、9月にがん防災マニュアルの監修を引き受けました。

このプロジェクトは、色々なキャラクターや能力が集まってきて、自由にやってくれることで、もうこれはうまくいくと思っていて。

僕は医学的なチェックとか、調和を取る部分を考えていただけです。でも、うまくいきましたね。

自分が全部やるんじゃなくて、後押しする事で広がりが見えました。

一時期は方向性がみえなくて「あれもこれも入れたい」という風になって、どうなるかなと思ったときもありました‥‥。「現役世代」に対するコンテンツの絞り込みはどうなるかと思っていましたが、野北さんがまとめてくれて、今となっては楽しかったと思っています。特にターゲットを絞るのは良かったと思います。



N:いえ、私も皆さんのエネルギーに必死に追いつくので精一杯でした(笑)。この冊子の中で、先生が一番こだわりをお持ちのページはどれでしょう?

先生:一つ選ぶなら、なんといっても「がんの治療は十人十色」(14ページ)です。

医療者もそうですが「目の前で起こったこと」に引っ張られるんですよね。

自分や身内に起こったことはすごく強くて、エビデンスどうこうもすっとぶレベルなんです。

全員に同じ治療が同じように効果が上がるわけではなくて、医療者も「これで良かったのかな」と葛藤する事があるんです。どうやってそれを乗り越えるかというと、一概には言えないですが「経験をたくさん」積んでいるからなんですよね。

一方、患者さんは初めてのがんで、経験があるわけではない。しかも、身近に抗がん剤の副作用が強かった方いらしたら自分も必ずそうなると思ってしまいがちだと思います。逆の場合もあり得ます。「人と自分は違うという前提」がわかっていないと、動じないための心がまえにはならないと思うんですよね。




5.医学的に正しい=患者が幸せ? 実際には微妙にずれる‥‥というお話


N:患者さんによってはその人の考え方次第で、「抗がん剤をやらない」選択もあり得ますか?

先生:医療者の目標ってがんを直すこと・縮小させることになりがちなんですが、患者さんにとっては「自分がきつい目に合わないこと」が目的です。将来良い目に合うためなら今きつくとも治療を進めるのであって、患者さん自身がハッピーにならないとその治療には意味がないんです。

がんが縮小してもいろんな理由で不幸になる人もいます。「治療人生」の全体を考えていく必要があるんですよね。




6.学会(医者)発信の限界と多彩なサバイバーさんの後押し ~情報の非対称性からもれる人たちを救いたい


N:今後の展望をお聴きしたいです。

先生:がんサバイバーのYouTuberが増えてきたんですよね。その影響たるやすごいものです。

日本癌治療学会、日本癌学会、日本臨床腫瘍学会、日本がんサポーティブケア学会‥‥学会だらけで研究者が一生懸命やっているのだけど、発信力が追いついてないと感じます。SNSが発展して個人の影響力が強くなっていて。例えるなら学会(戦いの専門家)が陣形を考えている間に、一般の人たちが核ミサイルを打ち始めたような状態(笑)。

でも単に敵視せずにエネルギーをもった影響力のある YouTuber をどう取りこんでいくか。それが喫緊のテーマですねぇ。

特に闘病 YouTube、がん闘病チャンネルは危険な面もあるんですよね。発信者の状態がどんどん悪くなっていくので視聴者数がたちまち伸びたりしますが、僕の患者さんで見た方がうつ状態になったり‥‥。


N:がん防災マニュアルでも述べている「センセーショナルな話」に振り回されないで、ですね。

先生:すごい影響力ですよ、これを変な方向にいかないようにするための活動をしなければと感じます。




7.がん防災を手に取る方へのメッセージ ~5分でいいから読んでみて?!~


N:この冊子を手に取る方へメッセージをお願いします。

先生:このきっかけをものにしてほしい。たまたま手に取ったのでしょうけど、「これで人生が変わるのではないか」と思える冊子を作ったのでほんの5分でもいいのでざっと眺めてほしいです。

その5分で読めるようにするために、かなり絞りこんだ本なので(笑)

また、プロジェクトメンバーみんなで「人生を軌道修正できる」という決意を盛り込んで作った本ですからね。




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編集後記 (GHOボランティア 青木和子) ~名医は名教師だった?!

今回、押川先生の思いやお考えを改めて知り「患者さんへの真摯な寄り添い」とそのために「工夫と努力を惜しまない」そのお姿に感銘を受けました。

その優しさの秘密を知りたくて、取材を終える際に青木からこんな問いかけをしました。


Q:押川先生の患者さんに対する姿勢は、教師がスモールステップ(小さな達成できる目標)を作って生徒に「ここまでがんばっておいでよ」というスタンスのように思えます。そのような行動はどこから来ますか? また、子どものころ教師になるおつもりはなかったのですか?

先生:漠然と「教師に向いてる」とは考えていました(笑) 医者もある意味、教師と同じですよね。

その場限りの説明だとしっぺ返しがきますし、最初に時間がかかっても患者さんの主体性を引き出すような方向性を持つことが、後々大きなリターンが生むと僕も実感しているので‥‥。

それでやっぱり基本的な事は動画の方が便利だと思って若い頃からしきりに周りにも言っています。

先に動画を見て理解していただいて、患者さんそれぞれの特有のことはきちんと時間をかけて話す方が良いのではないかと提案したこともありました。

「スモールステップを作る」というあたりでも、患者(生徒)の事をよく知った上でないと微調整ができないですよね。


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筆者の青木はピアノ講師を10年以上してきたので「教える」立場が長かったのですが、同じ匂いを感じた勘は正しかったようです。押川先生は小さな頃から「心の大切さ」を実感されていたことで、現在の「教師を兼ねたような医師」のお立場を創ってこられたのかなと感じました。


インタビューでは当初予定の一時間を超えても言葉を惜しまず、誤解の無いように伝えてくださったので、がん罹患者ではない私も理解がしやすく多くの気づきを得られました。

今後も先生の発信を通じて「がん防災」の観点で、正しい情報を得られるのを願っております。

この度は、お忙しい中ありがとうございました。




インタビュー日:2021 年4 月29 日

語り=押川 勝太郎先生

取材=野北 まどか

文 =青木 和子(GHOボランティア)


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