がん防災マニュアル:制作秘話① がん専門医 押川勝太郎先生(上)

最終更新: 7月11日

このシリーズはがん防災マニュアルの制作に携わったメンバーのご紹介と思い入れについてご紹介するシリーズです。まず第一回目は押川勝太郎先生です。



1.がんはどうなるかが知られていない特殊な病気~だからこその発信する必要性


〇がん防災マニュアルへの想い

野北(以下、N):押川先生、この「がん防災」という言葉は本当にたくさんの方からわかりやすいとおっしゃっていただいています。私たちも本当にそう思って先生にお声かけさせていただきました。先生が提唱されている「がん防災」への想いをお教えください。


押川先生(以下、先生):もともと自分が、「いつなんの病気になるか」はだれにも分からないんですよね。もっと悲惨な病気や大変な病気はたくさんあるのに、なんでがんだけが

特別扱いなのか。

昔は感染症で亡くなる方も多かった時代がありますが、感染症の場合は、状況がわかるんで

すよね。がんの場合だとみんな隠しちゃうので、「なった人がどうなってしまうかわからない」という特殊な状況が続いているんです。

また、極端な報道だけがピックアップされているというバランスの悪い状態が続いています。

だから、がん医療が発展してるにも関わらず、情報がアンバランスな分、不安が大きい病気なのです。


N: 確かに、がん=怖いというイメージがあります。

先生:例えば、交通事故では救急車呼ぶ、警察を呼ぶ、などのステップが分かりやすいけれど、がんになった時にどうすれば良いのかと言う情報も要るし、がんになった後の治療でも完全に治ったとは言えないが寛解はしている、というゼロか百でない状態が増えてきていることから、この「がん防災」という観点が必要だと考えます。

また、その考えから高頻度でYouTubeやライブ配信をしており、治療において患者さんのパワーを引き出すために発信し続けています。




2.“がんノイローゼ”が第一歩だった ~不安に陥っている人の気持ちや対処法がよくわかる先生のお話~


N: 先生についてもっと教えてください。

先生:はい。がんのことは(罹ってもいないのに)小学校のときからノイローゼになるほど悩んでいた節があって、そのころから精神的にダメージの大きい病気だということを知っていて、一時期考えたくないほどに悩んだのでがんの専門に関わる気はありませんでした。


N:それは意外ですね。

小学5年生のころ

先生:若いころは消化器内科だったのです。当時の一般的な内科は、通常がんは扱わないものでした。当時は、がん=切らなきゃ治らない(血液がんや肺がん等の薬物療法という例外はありますが)ということで外科の病気という位置づけだったんですね。抗がん剤治療はあまり考えられてなかったんです。

ところが、消化器内科医として内視鏡を極めたいと思ってがんセンター東病院(千葉)にったところ、そこでは内視鏡部が抗がん剤治療を実践していたのです。

人工呼吸器を装着されていた食道がんの患者さんが、抗がん剤併用放射線治療で、その状態から離脱して歩いて帰られたんですよね。衝撃でしたね。中央と地方とでこんなに差があるのかと。これはぜひとも自分の出身大学である宮崎大学に持ち帰りたいと考えるようになり、今から20年ほど前に(宮崎大学の)第一内科で化学療法部門を立ち上げそれからずっとがん治療に携わっています。


〇抗がん剤治療の発展と患者さんとの向き合い方

N:抗がん剤治療とはそれほど力があったんですね。先生はどのようにお考えですか?

先生:がんが治らなくても苦痛は緩和できる、そのことで生活を守れる、そうなると、その人の「人生」が延長できるという風に考えています。

抗がん剤治療というのは、副作用をコントロールしながらがんの症状を緩和することが重要なので、ご本人の申告が重要なんですよね。そのためには前提としてご本人が、がんとは何か、治療の目的と効果は何かを理解しないと治療はうまくいかないと思っていて、基本的な部分はやはりお話する必要がある。

ところが、実際には、診察室でそこまでお話しする時間がない、そこで患者さんみんなを集めて勉強会を始めたのが12年ほど前のことです。



〇「ついで戦略」でどんどん広がる患者の輪

先生:それからお互いが励まし合って友人になり自律的に患者会が立ち上がり、僕が会からたくさん出てくる疑問に回答する。自分1人で漠然と思っていた疑問が他の人の質問を聞いて理解できることもあるので、皆さんの前でセカンドオピニオンあるいは助言の会ということもやっていて。

その後フェイスブックや YouTube で、どうせ録画するならついでにライブで流してしまえと発信し始めたらどんどん広がって‥‥。感覚としては、動画の再利用というか「動画の図書館」という目的でやっているんですね。あとで説明しなくとも「ここの動画見といてください」と言えば伝えるべきことが伝えられますし。

「ついで戦略」で治療のための説明から全部、ついでにやってしまおうということで形になってきました。




3.多くの患者さんとの対話で見えた「正しいことを選ぶとは限らない心理」と対峙するための工夫~たとえ話や非言語情報等の活用~


〇人は情報を選ぶのに正しいかどうかではなくコストが高いかどうかで判断する

N:先生のご説明はわかりやすい、的を射てるなといつも思うんです。秘訣はあるのでしょうか?

先生:医学的には「正しい事をみんな選ぶはずだ」という前提があるけど、患者さんが実際に選ぶのは「自分にとってコストが低い方」なんです。つまり正しい事とは限らなくて、正しい事を知るのに高いコストがかかるのなら安い方を選ぶ。そして、選ぶからには「その理由」が背景にあるんですよね。

じゃあなぜ医療者が理解できずに一方的な判断で話を進めるのかというと、患者さんの背景を勘案していないからではないか、と思うんです。

その治療を選んだ理由や背景も分かった上で、ひっくるめて、どう変えていくか。コストの低い方を選ぶにしても、患者さんにはその時までは選ばざるを得ない理由があったのでしょう。背景を探ることで、違った判断が出てくるのではないかということを僕はいつも模索しているんですよね。



〇どう伝えたらいいか、非言語情報やたとえ話を繊細に使い分ける

先生:あとですね、正しいことも難しければ当然、理解できないんですよね。

人間と言うのは「正しいと判断した」と勘違いしたとしても極端な話OKなんですよ。方向性が間違っていなければご本人にとっては納得できるものが良い。そこで重要になってくるのは、「たとえ話」なんですよね。


N:なるほど。

先生:がん防災マニュアルではまさに、がんを天災と同じように例えて話をしていますけど、医学的・科学的に正しい説明かといえばそうじゃないですよね。まあ、人間の理解力はいろいろな要素が絡み合っているので、正確な説明よりも本人が納得できるような道筋を探り続ける。‥‥ということをずっと繰り返してきたかなぁと思うんです。


N:それは、すごいことですね……なかなか皆さんが出来るものではないと思います。どうしてできるようになったのですか?

先生:やっぱり患者さんの表情や声色で、「この言い方ならどうかな」と修正しています。ピンときていないなという顔色とか、いわゆるノンバーバル(非言語)・コミュニケーションですね。腑に落ちないところがあると、患者さんの反応がやっぱりイマイチだったり‥‥

コミュニケーションを繰り返すうちに、「この説明方法が良いな」とか「このタイプにはこう伝えた方が」と何となくわかってくるんですよね。これも「ついで戦略」ですよ。再活用していくもっと良いアイデアが無いかなと常に探しているので。

先生:あと、アンチはアンチで理由があるんですよね。背景まで知ると腹も立たないし、むしろ驚きというか参考になることもあるし、全部の体験が将来へのタネを含んでいるような感じがしています。


N:まるで心理学者のようですね。

先生:うーん心理学者‥‥と言うのか、全部ひっくるめて哲学ですよね。『がん哲学』*、すごい言葉ですけど。

僕自身が将来がんになったらどうしようかと考えると「自分だったらどんな説明なら納得できるか」、そしてそれまでに「いいノウハウを見つけておきたいな」という気持ちが強いから、自分のこととして考える事で試行錯誤を繰り返せるというのがあります。



〇家庭の医学から始まった「思い込み」への気づき

先生:ことの発端は、僕の10歳前後にあったがんノイローゼです。かかってもいないの

先生秘蔵の家庭の医学。昭和42年発行

に、その当時の苦しみがありましてね。2歳の時に親が買ってきた『家庭の医学』が当時の愛読書で切腹はどうするか図入りで解説されていたり、病気のことは情け容赦ない記述が書いてあって。

そんな情報に触れて、舌が痺れると脳梗塞の前触れかと心配してみたり。でも実際にはパイナップルの食べすぎだったりしてね(笑)


N:心配性だったんですね。

先生:よく考えたらその年齢で脳梗塞になるはずもないんですけどね。こういうの見たら本当にノイローゼになるんですよ。でもね、「自分がこれでないかと思ったら、何見てもそう見えてしまう」ものなんですよね。がんになってない僕でもそうだったのに、これがもし「がん告知」の場面で起きたら正常な判断ができないのは当然だと思うのです。だから、客観的に考える時期がどうしても必要なんです。実際に罹患する前に、ですね。



家庭の医学より抜粋

N:まさに、先生ご自身のつらかった体験から来ているお考えががん防災に込められているのですね。

先生:まあそういった視点なので、患者さんに過度な理解力を求めないし、その方の性格をみてどの程度の説明が良いのか距離感を推しはかっていくんですよ。みんなですね、必死なんですよ。

でも主治医もそういうトレーニングを受けていないから分からないんですよ。

分かるとしたら、自分ががんになる時なんですが、患者さんは主治医ががんになるのを待っていられないので(笑)‥‥。



後半「患者さんの幸せと医療の関係とは」に続きます。



*順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授樋野興夫先生の提唱する科学としてのがんを学びながら、がんに哲学的な思考を取り入れていく立場


日にち:2021 年4 月29 日

語り=押川 勝太郎先生

取材=野北 まどか

文 =青木 和子(GHOボランティア)


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