生活とがんと私 Vol.11 瀬尾雄司さん


長寿大国日本。生涯を通して2人に1人ががんを経験すると言われ

そのうち3人に1人は就労している年齢でがんを見つけています。

いざ自分がなった時、そして周囲の誰かがなった時

慌てず対処するためには、経験者の話に耳を傾けるのが一番です。

”がん=死”というイメージを払拭する為に様々な体験談をお届けしていきます。



インタビュイープロフィール



お名前:瀬尾雄司さん 

職 業 :会社員

がん種:多発性骨髄腫    

休職期間:2018年12月~2019年6月







27歳の時に多発性骨髄腫と診断される。20代での発症は非常に珍しいため、発見までに少し時間がかかってしまい入院治療となる。同時に仕事のことや今後の人生について色々考えることになり、周囲の理解を得ながらがんになっても働きつづられる環境を自ら作り上げる。自分の体験をもとに、AYA世代として仕事とがん治療の両立についての情報発信を積極的に行っている。


目次


・原因不明の腰痛が・・・

・休職して気づいたこと

・転職活動で仕事と治療の両立

・人事担当者と両立を目指す方へのメッセージ




原因不明の腰痛が・・・


ーがんになったときは20代でしたが、その時の状況を詳しくお聞かせください


3年位前でしょうか。最初は腰がずっと痛くて、腰痛だから近所の整形外科にずっと通っていたんですけど全然よくならなくて…。そうこうしているうちに、ある日ついにベットから起き上がれなくなって救急車で運ばれたんです。


ー救急搬送ですか?


はい。でもそこの整形外科ではまだ原因がわからないとしか言われなくて、さすがに家族からも「それはおかしいから、ちゃんと血液検査をしてもらいなさい」と心配されたんです。整形外科で血液検査したら「あ、こりゃだめだ、すぐ大学病院に行ってくれ」という話になりました。


ー急な展開ですね。その後すぐ大学病院に?


いえ、実は大学病院に行く前に、近くの内科を紹介してもらい先に受診しました。そしたら「この病気は最近治療法も出てきてるし、そんなに心配しなくてもいいから」と言われたので、そんな大した病気じゃないんだと少し安心していたんです。でも実際大学病院に行ってみたら多発性骨髄腫だと言われてしまいました。このがんの症状の一つに骨が解けるというのがあって、もうその時点で腰の骨がボロボロになってしまっていたそうです。結局身長も5cm位縮んでいました。


ー腰痛の原因が判明したのですね。その後は?


はい、そのまま入院することになり、治療は基本的には化学療法で、毎回薬を3種類くらい組み合わせて注射と飲み薬という感じでした。それ以外では、もう血液がドロドロになっていたので、点滴で水分を入れ続けていました。整形外科で処方された腰痛の痛み止めを長期間服用していたせいもあって、かなり腎臓に負担がかかっていたようです。人工透析一歩手前の状態でした。


ーその他大変だったことはありましたか?


そうですね。腰痛が酷すぎてベットで普通に横になることもできなかったのですが、MRI検査などで院内を移動するたびに激痛が走り、動くことがとても辛かったです。1つの検査で2~3時間かかったりして本当にあの痛みは今までの人生で最強でした(笑)。でも痛みの原因が分かったということで、安心はできました。あの時、整形外科で血液検査をしていなければ、もっと手遅れになっていましたからね。


ー多発性骨髄腫と言われたとき、どのような気持ちでしたか?


正直、病名を言われてもあまりピンと来なかったので、ショックという感じはなかった気がします。癌と言われた後も1週間位は悩んだような気がしますが、その時は腰の痛みの方が強すぎて、良くも悪くも全部痛みが解決してくれたような感じです。普通の人ならもっと悩むんでしょうね。


ーその後の経過は?


病気的には通院でよかったのですが、何せ腰痛が酷かったのでそれが良くなるまで結局1か月半くらい入院しました。でも退院するときには他の病院に転院して、その後は自宅で療養しながら通院治療しました。


ー転院ですか?何かあったのですか?


この病気自体が40代で発症しても若いといわれるくらいだそうで、大学病院では「貴方の年齢でかかった人を治療したことがありません」と言われました。その時に、若いから完解状態を少しでも長く保てるほうがいいと、2回の骨髄移植を提案されたんです。話を聞くと、治療にはさらに1年かかると言われました。これからの生活を考えると、この提案をそのまま受け入れることはできませんでした。「仕事どうするんだ?」「移植なんてつらいのに2回も?」と思ってしまいました。


ーではどういう選択をされたのですか?


ちょうどその時、新しい治療方法が次々と出てきていることも知っていたので、自分で調べてほかの病院に転院することを決めました。そこの先生とは相談の上、週1回の通院で自宅療養をすることにしました。


ーご自身で治療と生活を両立するために転院されたのですね?


はい。でも転院先の先生も、さすがに2回の移植はしなくてもせめて1回は移植してほしいという意見でした。ただ自分としては、できれば移植なしで治療したいという意思を伝え、通院のみで治療をすることにしました。実は、移植が嫌だった理由の1つに、髪が抜けるというのがありました。できることなら髪が抜けない・辛くない治療法でいきたいと思ったので、そこは自分の考えを優先させました。ただ、今後病状が悪化した時のことも考え、万が一の時のために一応骨髄は保管しています。



休職して気づいたこと



ーがんが見つかった時のお仕事の様子を教えてください


腰痛で苦しんでいた当時、仕事はデスクワーク中心でしたが、立つのも座るのも辛くてずっと痛みを我慢して働いていました。周りの人たちにも心配されていましたが、ちょうどその頃ステップアップのために転職活動もしていたので、痛みを我慢しながら面接に行ってましたね。


ー痛みについては上司の方にお話しされていましたか?


もともと腰痛で時々休んでいたので、上司も最初は普通の腰のけがだと軽く考えていたようです。でも検査結果の話を聞いたら大変なことになっていると認識したようで、さすがに入院となったときにはすぐ話しました。


ーその時の上司の方の対応はどうでしたか?


お見舞いにも来てくれましたし、今後の復職の話など色々聞いてくれました。ただ、その時対応してくれた人事の方に少し不安があったんです。例えば高額療養費の申請もだいぶ後になってから言われて、制度の説明や書類のやり取りがいつも遅かったんです。知識があまりなかったんでしょうね。また、僕の話が上司と人事の間でうまく共有されておらず、休職が増えて収入減で困っていることなど、会社側に自分の考えがうまく伝わらなかったこともわかってきました。そこで他に何か使える制度がないかと、家族が役所等に相談に行ってくれました。


ーでは復職後の業務や体調についてお聞かせください


無事元の会社に再雇用していただいたので、最初のうちは週2~3日の時短勤務で、仕事の内容も以前の顧客対応ではなく社内での業務をメインにしてもらいました。ただ腰痛が残っていたので、周囲から無理せずにねという配慮もしていただきました。

体調面では、自宅療養で家にいるときは一日でも早く仕事に戻りたいと思っていたのですが、実際戻ってみると薬の影響もあるのか、前と同じように仕事ができなくなっていてストレスを感じましたね。


ーストレスはどうやって解消されましたか?


ずっとこの状態が続くわけじゃないなと、その都度自分を納得させて今できることを考えるようにしていました。ただ一方で、周りの人はバリバリ仕事をしていて自分はできてないと思うと、正直職場では悩みを相談しづらかったです。最終的にはすべて時間が解決してくれましたが。


ー働き方に対して会社の対応はどうでしたか?


僕の場合は「体調的にももっと働けるから残業したい」と会社には伝えていました。でも、産業医からは「まだ駄目です」と言われ残業を認めてもらえませんでした。時間的配慮をしてくれてもお金の配慮は?と思ってしまいました。結局、両方の意見を取り入れて柔軟に制度を変えてくれるというところまではいかなかったのが少し残念でしたね。



転職活動で仕事と治療の両立


ーそのころ転職もされたと聞きましたが?


はい、入院前から転職活動をしていたので、退院後も今後のステップアップのために続けていました。基本的に転職希望先には、治療中で通院が必要になることを最初に伝えていました。それぞれの会社の状況によると思うのですが、フルタイムじゃないと困るという会社さんからは「すみませんが今回は…」と断られましたし、逆に「通院治療は別に気にしないので一回お話してみませんか?」と言ってくださるところもありました。要は、その会社のニーズとタイミングが合うかどうかだと思いました。


ーその後転職されましたが、新しい会社はどうでしたか?


それまでも転職は何回かしていたので、特にストレスはなかったです。体調については、最初に部署の方々に状況を説明し、その後、自分から全社メッセージで全員に状況を伝えました。するといつの間にか、「治療で早退します」「あ~お疲れさん」というやり取りが普通にできていました。自分の状態を話したくないという人もいると思いますが、話せるなら話したほうがいいと僕は思います。いつまでも隠し続けなきゃとストレスを抱えていると働きづらい状況が続くので、もっとストレスがかかると思います。


ー周囲にはどうやって治療の予定を知らせていましたか?


事前に通院の予定などを会社のGoogleカレンダーに入れて、みんなに知らせておくんです。転職先の会社はコアタイムなしのフルフレックスで、今の自分の状況に合わせて働いてくれたらいいからというアットホームな感じの会社なので、予定表にいれておけば早退の確認もしてもらえましたし、とてもやりくりしやすかったです。


ー今後の生活設計は?


今の会社ではチームも任せてもらっているので、会社員として仕事でしっかり成果を残していきたいと思っています。また、仕事に必要な資格などの勉強も続けていきたいと思います。病気になったこともきっかけとなり、今は本当に自分がやりたいことをやっています。多発性骨髄腫は完治するわけではないので、今は寛解状態です。毎回服用する薬の種類によって治療パターンが変わるので、これからも主治医と相談しながら治療方針を決めて仕事との両立を考えています。



人事担当者と両立を目指す方へのメッセージ



ー最後に人事担当者と両立する人それぞれにメッセージをお願いします


人事側の方には、変に心配しすぎずしっかり本人と話し合って頂きたいと思います。どこまでできるかは本当に人それぞれなので、その人に合った使える制度を紹介してもらえるととてもありがたいです。もし今の制度でサポートが足りなかったら、今後のためにも新しく作ってもらえると両立できる人が増えていくと思います。例えば時間的な自由さはとてもありがたいので、フレックスに対応できるというのは、がん患者のためだけでなく子育てや介護中の方々にも同じように活用できると思います。結果、全員が働きやすくなる会社っていいなと思います。

一方、これから両立したいと思っている方々には、あまり我慢しないで欲しいと伝えたいです。まずは自分に何が・どこまでできるのかを周りに伝えて、今できることでしっかり成果を出していくことが重要だと思います。もちろん治療で体調が悪くなる可能性があることも事前に伝えておく必要があります。あと、どうしても今の職場が合わないという方は、無理して働くよりも転職することをお勧めします。もちろん治療費のこともあるので、いきなり辞めます!というのは絶対避けたほうがいいですね。一概には言えないですが、僕の場合は転職したことが自分にとってプラスだったので、がんでも転職活動ができるということだけはお伝えしたいです。スキルさえしっかり持っていれば自由に働けると思っています。


ー貴重なお話ありがとうございました。まさに仕事と治療の両立をしっかり考えて生きている瀬尾さんの言葉に、きっと勇気づけれらる方々が増えると思います。これからの瀬尾さんのご活躍を応援しております。




2021年10月15日

語り=瀬尾雄司

取材=吉田ゆり

文 =山内朱樹子

写真=ご本人提供


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