がん防災マニュアル:制作秘話④  デザイナー 望月ミサさん(上)

このシリーズはがん防災マニュアルの制作に携わったメンバーのご紹介と思い入れについてご紹介するシリーズです。第四回目はデザイナーの望月さんです。がん防災マニュアルのデザインとイラストを担当し、サバイバーとしての立場からの提案もしてくださいました。望月さんががんで失ったものと得たもの、そしてがん防災に込めた思いとは?



1.「美しいものをあきらめない」デザイナー望月さんががん防災活動に関わったきっかけ


野北(以下、N):がん防災マニュアルは、がんになっていない方にもわかりやすくする、ということが大きな課題だったのですが、望月さんのおかげで実現できました。望月さんに出会えたのは、ほんとうにラッキーだったと思っています。まず、ご自身のことをお教えください。


望月さん(以下、M):私だってラッキーだと思っています。このマニュアル制作がきっかけで、新しいことにチャレンジできています。いまや、がん関係のことは「私がやらずして誰がやる!」みたいな勢いになってきました(笑)。

私は49歳で「卵管がん」って珍しい種類のがんに罹りまして、「生かされた」という思いを持っています。発見が遅れやすいので治らないと思われているがんなんですが‥‥。


N:どうやって発覚したのですか?

M:子宮筋腫だったんです。筋腫の経過観察中に卵巣腫瘍がみつかって、卵巣腫瘍を取ったら、卵管にがんがあった、という逆わらしべ長者みたいな形でした。治療中は早期がんと分かってたので「がん関係の仲間をつくらず」「はやくがんを忘れて元に戻りたい!」という気持ちだけでした。治療で元の生活を“奪われた”という気持ちが強かったんですね。コロナ禍の皆さんも同じかと思うんですが「早く元どおりに!」「旅行にいきたい!」みたいな感じですね。

ただ、治療が終わるころに、ピアリング(女性特有がんのSNSコミュニティ)代表の上田さんと友達の紹介で知り合って、いざがんを経験した友達ができると語り合えて楽しかったんです。そして、あんなに元の生活に戻りたいと思っていましたが、元の生活って基本ないんですよ。失ったものは戻らなくて元通りはないんですよね。


でも同時に得たものもあることに、気づいたんですよ。“体験”ですね。それは生かさないともったいない! という気持ちで、その体験を伝える中で、人前で話すことが好きで、文章を書くのも好きだというのを発見しました。「伝えたい事がある」って大きいですよね。今度は「上手に言えるようになりたい」となって、新しい人生のネタが見つかったみたいに思ってます。

ただ、がんの治療をしたところで、さすがにがんは仕事(デザイン)には関係ないよね、と思っていましたが、意外とあるんですよ。がん関係のお仕事も増えました。「がん経験がある人へデザインを頼みたい」という需要があるんです。その場合はデザインもするけど編集会議で内容自体の議論にも加わります。今回もそういう形で参加できて良かったです。



2.がん経験後のお仕事を通じて見えてきたこと


M:退院して一年ほどで、一度はすべて断った仕事が再び戻ってくるようになりました。自分が思うよりも早く、皆さんが「がん」ってことを忘れてくださったようで。なんでも受け入れて、なおかつ好奇心を持って楽しむことで、次の道を切り拓くという感じでやってきました。今回も、YouTubeへの出演なんて冗談じゃないよーと思っていたのに、押川先生との対談をして、今度はピアリングでピアLIVEを始めたりとか(笑)。

ピアリングの活動で制作した冊子

N:なんだか、新しい展開がありそうですね。

M:そうなんですよ。がんきっかけで働き方が変わって「出来る事ぜんぶやる」みたいな気持ちになりました。実は、今後実現したいのは個展の開催です。忙しくってグループ展くらいで止まってしまっていますが。


N:がんを経験してのことなんですか?

M:がん治療をきっかけにというより、40代から気持ちが切り替わってきて、展覧会も考えるようになりました。

デザイナーは本来裏方の仕事、裏方で良いデザインさえすればよいと教わってきました。例えば、画家も、絵も売るのに人気商売の面もありますが、本来は絵の評価で売れたいと思ってるわけですよね。私の場合も、デザインがいいから発注いただいているとは思うものの、昔から「あの人(望月さん)なら話がしやすい」という部分もあり、若いころはそれがいやでした。ただ、40代になってからは、それもお仕事をするのに大事な部分だ、と思えるようになって「人気商売でいこう!」とも思えたんです。私の場合はデザインを広めたいより 人の役に立ちたいになってきたんですよね‥‥。

「minamo(水面)」509×660mm 2018年発表

「万華鏡アート」と名付けたオリジナルのレリーフ作品を制作しているのですが、うちの旦那なんて「鍋敷き!コースター!」「ぜんぶ一緒!」とか厳しいんです。でも、やってる本人が一番分かってるよ、と言いながら描き続けてます。

ただ展覧会を夢見るのは、自分が描いた絵で「わー! キレイ!」「これ大好きなの!」と、はしゃいでくれる方もいるわけですよ。自分も含めてね、心が躍る。そんな反応が欲しくて、「きれいなもの・美しいもの」で喜んでくださる方のために個展もありだろうって思っています。

難しいアートなんていらん、って方もいらっしゃいますよね。いわゆる“理解“なんて絵を前にしなくたっていいのに、その「わかりたい」みたいな気持ちも否定できないので、単純な美しさのある作品、「わーキレイ!」の方を選んで描いている部分もあります。



3.がん防災マニュアルのデザインに込められた思いは?

〇表紙について

M:昔、師匠からは「言葉で語っちゃダメ デザインで語れ」教わっているんです。黒子に徹しなさいと言うか、要するにデザインで表現できなきゃダメよという部分ですね。当時は「できた物を持って説明して回るのか?」って怒られてね。でも今回のがん防災マニュアルでは禁じ手に出ました。「時代は変わった! よーし! 語ってしまえ!」と。がん経験者から周りに広げているフェーズなので、押川先生のYouTubeに出させていただきました。ネットでも発信できるので、言葉と一緒にお伝えできれば良いと思っています。


N:そうでしたか、一番こだわりがありそうな表紙についてはいかがですか?

M:「がんは2人に1人が罹患する」、それを一番伝えたくてカードのデザインを思いつきました。きっかけはピアリングで教わった言葉で、スヌーピーのセリフとして知られる『配られたカードで勝負するっきゃないのさ、それがどういう意味であれ――You play with the cards you’re dealt …whatever that means. 』です。いくつかパターンを出しながら提案をしたんですが、コンセプトは変わっていないんですよ。ちょっと大人なビジネスマン向けにスマートに、提案してみました。


N:それが良かったんですよね!

M:色々あったなかで見せ方としてこれもありなんじゃないかとメンバーで確認しながら進めました。実は押川先生のチャンネルでの投票で、ABCの3案出しながら、全く違うおとなしいデザインの4案目も作って、先生に託してありました。賛否両論ある中で、「人の目を引く」というのは本当に難しい事なので妥協案を見せなかった先生に、表現者としてあっぱれと思います。

また「がん防災」という言葉は、(がん患者向けの)自然災害用の防災マニュアルと勘違いされるのではないか、という危惧が私にはあったんです。メンバーが「がん防災」で進めることを決めてる時に、問題提起したりね(笑) でもその中立の視点を失わないよう意識していました。

N:黄色と黒の配色の防災グッズが多い中、マニュアルは表紙から全体的に青が基調となっていて異質であることがひと目で分かります。これもデザインの力ですね。子どもっぽくしなかったのも良かったです。


〇イラストについて

M:今回はイラストも描きました。普段は基本的にイラスト外注でしたが、これをきっかけに少しずつ描くように。

今回は自分で描きたい! という思いが湧いてきたんです。どんなに絵がうまくても、やはり体験者でないと「資料で見ただけ」という感じはバレるんじゃないかな。

その中で特に気に入っているのは「P.16泣きながら検索しまくってる女性」。ものすごく悲しくて、その中で「検索魔」になってしまっているんだけど、コミカルに。ユーモアを入れてみました。あれはやはり体験者でないと気持ちと照らして描くのが難しいかもしれません。泣いているだけの絵では、何にでも使えるフリー素材と変わりませんよね。


もう1つは「P.12の認定証を渡す男性」。限度額申請の現物のイメージを伝えたかったのですが、思い入れが強くて書類がめちゃくちゃ大きくなっちゃったんだけどね(笑) 誤解を招くかもしれない。



N:いえいえ、どのイラストも見やすいよう、手間を惜しまずに何度もご自身から描きなおしてくださいましたよね。おかげでどのページも洗練されました。

がん防災マニュアルではご提案も多かったのですが、いつもその姿勢で仕事をされていますか?

M:よく言われるのが「指示通りにやらない/原稿通りに組まないデザイナー」です(笑)。大きな会議があるようなクライアントでは、先方の意図を汲んだA案と、ご提案のB案を持っていきますが、がん防災マニュアルではいきなりB案で「こうしたい」でした。クライアントからも(褒め言葉として)指示通りにやらないと言われるので。


N:より本質的な部分を見ていらっしゃるってことですよね。

M:けっこう踏みはずしも、してきましたけどね(笑)。ご指示が良ければ「これは面白いぞー!」とデザインも張り切るのですが、毎回とは限らないんですよね。あとはレイアウトご自身で作っちゃうお客さんも。こうしたいんだろうな、というのを汲んで、メラメラ燃えて全然違う案を出してみたりね(笑)。


N:そのエネルギーがすごいですね!!


後半に続きます。後半の記事はもうしばらくお待ちください。


日にち:2021年6月

語り=望月 ミサ

取材=野北 まどか

文 =青木 和子(GHOボランティア)

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