生活とがんと私 Vol.2 花木裕介さん1

最終更新: 6月15日

がんと働く応援団 連載企画 Vol.2

~ 生活とがんと私 ~

長寿大国日本。生涯を通して2人に1人ががんを経験すると言われ

そのうち3人に1人は就労している年齢でがんを見つけています。

いざ自分がなった時、そして周囲の誰かがなった時

慌てず対処するためには、経験者の話に耳を傾けるのが一番です。

”がん=死”というイメージを払拭する為に様々な体験談をお届けしていきます。


【1人で抱え込まなくていい&企業担当者へメッセージ】(1/3)


2020 年 6月 13日

語り=花木裕介(一般社団法人がんチャレンジャー代表理事 兼 一般企業勤務 )

取材・文=吉田ゆり

写真=ご本人提供


インタビュイープロフィール

お名前:花木裕介

職業 :医療関連サービス会社勤務

がん種:中咽頭がん

ステージ:ステージIV

治療内容:術前化学療法→放射線治療

休職期間:9ヵ月




1979年生まれ。医療関連サービス提供会社勤務。がん罹患者に関わる方専門の産業カウンセラー。2017年12月、38歳のとき、中咽頭がん告知を受け、標準治療(抗がん剤、放射線)を開始。翌8月に病巣が画像上消滅し、9月より復職。社内でがんの経験を活かし活躍を続けるかたわら2019年11月一般社団法人がんチャレンジャーを設立し、罹患者と周囲の良好なコミュニケーションを育む手法の提供をおこなう。2019年2月、「青臭さのすすめ 〜未来の息子たちへの贈り物〜(はるかぜ書房)」を出版。厚生労働省委託事業「がん対策推進企業アクション」におけるがんサバイバー認定講師。

目次

・1人で抱えなくてもいい&企業担当者へメッセージ(1/3)

がん経験ストーリー&働く世代罹患者へのメッセージ(2/3)

子供にがんの事どう伝えた・がんになって変わった事(3/3)


ー花木さんの経験を聞かせてください

3年前38歳の時にがんに罹患しました。標準治療を受け、自宅療養し、画像上で病巣が消えたのを確認した後企業との話し合いの上フルタイムで復職しました。9ヵ月休職したのでそこそこ会社から離れていましたが、復職して無事1年半が経ちました。最初に「がんでしょう」と言われた時は、頭が”真っ暗”という感じでした。真っ白ではなく、未来が閉ざされた感じ。家族、キャリア、お金の事等その一瞬は「終わった」と思いました。

ーその気持ちを抱えてどうされましたか

がん宣告を受けた後すぐ職場に行き上司に伝え、仕事の整理をして治療を受けるために最低限やらなくてはいけない事を片付けました。その間に段々気持ちが落ち着いてきて「とにかく今は体を治す為にベストな選択をとるしかない」と感じるようになりました。恐れはあるにしても、目の前にある事を一個ずつやるしかないと徐々に受け入れていき、割り切って対処できるようになっていきました。その時の原動力として「身体を治さないと何も始まらない。治療をやり切れば治る見込みもある」と主治医に言われた言葉がありました。

ー立ち止まらずに動く環境があった事が良かったということでしょうか


自分で大きかったと思うのは、職場の上司、人事、家族はもちろんの事、会社の福利厚生で利用できるメンタルカウンセリングサービスで相談出来た事が良かったです。このカウンセリングサービスはがんになる前から使っていたのですが、自分の状況を伝え、それに対し今の現状整理・把握を手伝ってくれたり、必要な情報提供や応援をしてくれるものでした。「病気の事も1人で抱え込まなくてもいいんだ」「他の人にも頼っていいんだ」と思えたのは嬉しかったです。それがなかったら気持ちが折れていたかもしれません。目の前の事に取り組むと言ってもエネルギーが必要なので、すべて1人で抱え込んでやれと言われたら出来なかったかもしれないです。人に相談したり弱みを見せられたのは結果としてよかったと自分は思っています。

ー昔から周囲に”相談”していたのですか

がんの疑いがあり、精密検査を勧められた時も上司に伝えてから行きました。上司も会社のメンバーも以前からコミニュケーションは密に取りあっていました。「これは言えない」というのはあまりなかったですね。罹患前から職場の中での人間関係、会話に力を入れていたのは役に立ったと思います。自分が元気な時、周りで困っていそうな人に対し「何かあったら声かけてくださいね」と声がけをして出来るサポートをするようにしていたので、そういう人間が助けを求めても「お互い様だよね」という風に思って助けてもらえたんじゃないかと思います。それまで何もせず、いざとなってしまってから突然「助けてください」と声をあげるのは難しい気がしますね。

ー復帰はどうされたのですか

抗がん剤と放射線治療を終えた後、すぐ復帰の相談をしました。しかし、放射線治療の効果

は治療後2,3か月経過しないと分からないので最終検査結果はその時出ていませんでした。そして治療の後遺症で喉の痛みもまだありました。会社からは「ちゃんと療養してから復帰したらいいんじゃないか」と言われ、3ヵ月後病巣がない事を確認した後に復職しました。トータル9ヵ月休職しました。


ー会社の提案はどう思いましたか

復帰できるなら早く復帰したいと伝えていました。やはり自分のイメージで「ブランクがあると復職が難しくなるんじゃないか」という思いがあったからです。しかし企業からは「70%の状態で帰ってきて何かあったら大変。お互いの為にもフルタイム(9時ー17時)で働けるようになってから帰ってきて欲しい」と言われました。正直焦りましたが、企業側から「正直今のコンディションだと受け入れるのに不安がある」と言われると、自分も焦りから復帰を急いでいた面もある。復帰したが「きついのでやはり休ませてください」なんてなると周りにも迷惑かけると思いました。業務やキャリアの心配はひとまずおいておき、まずはしっかり仕事が出来る体力を戻すことを念頭に置き、気分転換をしながら自宅療養期間を過ごしました。


ー企業側の対応でよかった点は


直接言った方もいましたが時間がなかったので、治療に入る前にがん治療の事を全社員が見られるメルマガを利用して伝えさせてもらいました。又聞きされるのは嫌だったんです。きっと誤解されたり変な噂になるのではないかと思い、それらを避けるためにも自分から関わる人達に事実を伝えたいと思いました。そのおかげか治療中も自分の書いたブログにコメントをくれたり、ユニフォームに100名くらいの寄せ書きをしてプレゼントしてくれたり。みんなが知っているからこそ共通の話題になり、みんなで応援してくれるという仕組みが出来ました。


ー素敵な会社ですね!

恵まれていました。復帰した時も、「待ってたよ」と言ってくれたり、なにかと配慮してくれました。例えば、復帰当初、放射線の副作用で冷え性になり、漢方を処方してもらったのですが、それが原因で頻尿になっていました。そしてこれも副作用で、身体の温度調節がうまくいかなくて凄く暑かったり寒かったりと周りが感じる快適温度と自分の快適温度とがずれていました。そんな自分を気遣って、同僚が会議がある時はドアに近い方の席をとってくれたりしました。自分の身体のコンディションを伝えなかったら出来なかっただろう配慮を先回りしてやってくれ、「悪い」と感じながらもその配慮は本当にありがたかったです。


ー全員にカミングアウトしたのは勇気がいりませんでしたか

がん告知されてから休職するまでの3週間ずっと考えました。「みんなに言ったらどうなっちゃうんだろう」「戻ってもポジションあるのかな」「みんななんて思うんだろう」等など。最終的には「隠していても結局今のパフォーマンスと比べると復帰後は落ちるだろう。だったら先にカミングアウトした方がお互い気持ちよく働けるんじゃないか」と思うようになりました。復帰後のキャリアのイメージは、元々昇っていた山を昇りなおすのではなく新たな山を登るイメージ。同じように昇進を目指して頑張っている人と比べると確実に後れを取るという事はわかっていたので、「自分は違う道行くよ」と自分から進路変更するイメージでした。やはり、一旦手放さないと苦しいなと思いました。自分の昇る新たな山は「自分のがんの経験を人に伝える、罹患した方を励ますような活動をする」と治療前から自分の目標を再設定していました。目標の再設定は治療に立ち向かう意欲にもなりました。そして同時に、人前で自分の経験を話すとなれば遅かれ早かれ周りも知る事になるのでカミングアウトしてもいいのかなと思えました。


ーどんなことを伝えていきたいのですか

自分は復帰後、以前と同じようにレールにそって頑張る事も出来るし、全部諦めたわけでも

ない。しかし”得難い経験”をしたので、それを周りに伝えていきたいと思っています。「食事がちゃんととれる、よく寝れる、子供と一緒に日常を過ごせる」という”当たり前の事”が ”当たり前にできる素晴らしさ”を健常者の人よりも感じられているのは、食事がとれない辛さや治療のしんどさを知っている自分だからこそ。講師として話をすると、以前と言っている事は同じでも「重みが違いますね」と感想を頂いたりする。昔から「命は大切にしなきゃ」と思い生きてきたのですが、今の自分が話すとより説得力があり、真剣に聞いてもらえていると感じています。諦めずに”新たな山”を登り始めてよかったと思っています。


ー治療と仕事の両立支援に取り組む企業担当者に伝えたい事はありますか

様々な制度を各企業では揃えられていると思うのですが、罹患経験者として伝えたいのは”制度と風土は両輪だ”という事です。各種制度や相談窓口を備えるのは大切です。しかし、それを使える風土がないと制度があっても使えない。例えば、よく言われる「利用できない有給休暇」とかですね。制度があっても使いにくい、もしくは使った人が後ろ指を指されるような職場というのはいけません。必要な人がいたら周囲が使う事を後押ししたり、困った時気軽に周りに相談できるような雰囲気があるか。いつ自分が支える側・支えられる側になるか誰もわかりません。みんながそのような意識を持っておくことが大切なのかと思います。その為にも、従業員同士弱音を吐いたり・相談できる関係性が築けるような企業風土を担当者が率先して作れるように動いたらいいのかなと思います。例えば毎日一言でもいいから声がけしてみるとか。ちょっと気になる雰囲気の人がいたら「何かあったら相談してくださいね」と言っておくとか。いざ何かあった時に声をかけやすくしておいて欲しいです。そうすることで、社員の離職を防ぎ生産性を高めるきっかけにもなると思います。小さな配慮は巡り巡って企業自体に大きなリターンとなって返ってきます。自分自身も今回病気になり、復職し、継続就労を応援してくれた勤務先に対して当然「恩返ししたい!」という気持ちになりました。「恩返しするために今の自分が出来る事って何だろう」と考え、”体験談を話す”事を始めました。それが、医療サービスを扱う企業にとって新たな付加価値になったと思っています。”罹患社員が今までとは違った観点から自社の医療関連のサービスを伝える”というアクションは結果、企業のPRにもつながっています。それもこれも、周りに感謝して恩返ししようと思う気持ちがあるからこそできるわけで、健常者の時よりも勤務先に守ってもらえたと感じていて、恩返しするまでは辞められないと強く思っています。


次回は【花木裕介さんのがん経験ストーリ&働く世代の罹患者へのメッセージ】をお届けします。

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