top of page
執筆者の写真最新情報

生活とがんと私 Vol.10 西部沙緒里さん

更新日:7月9日


長寿大国日本。生涯を通して2人に1人ががんを経験すると言われ

そのうち3人に1人は就労している年齢でがんを見つけています。

いざ自分がなった時、そして周囲の誰かがなった時

慌てず対処するためには、経験者の話に耳を傾けるのが一番です。

”がん=死”というイメージを払拭する為に様々な体験談をお届けしていきます。



インタビュイープロフィール

お名前:西部沙緒里さん

職業:株式会社ライフサカス代表

中小機構中小企業アドバイザー

NPO女性医療ネットワーク理事

がん種:乳がん


早稲田大学商学部卒。博報堂を経て2016年に創業。前職在籍中、大病と不妊を経験したことから「働く女性と健康」の重大さを知り、現代女性がライフステージで直面する生きづらさ・働きづらさを支援。不妊治療や生殖の意思決定をテーマにした実体験Webメディア「UMU」を運営する傍ら、前職での人事・人材開発職務経験を活かした企業、行政、学校向け研修・講演活動の実績も多数。ビジネス/メンタルコーチ、ウィメンズキャリアメンターや、企業の人事施策・新規事業開発などのアドバイザリーも担う。「群馬イノベーションアワード2015」にてファイナリスト選出。個人では、女3人ユニットでポッドキャスト番組「edamame talk」も放送中。


目次




がんと不妊治療を続けて出来たのは


ーがんが分かった時のことを教えてください。


がんがわかった時は、私が会社員として中堅に差し掛かる頃でした。結婚していたんですが、自身がまだ30代でがんに罹患したのは晴天の霹靂でした。


ーその時、ご主人はどうされていましたか。


とても大変だったと思います。夫は6歳下で当時20代でしたから、私以上に現実感がなかったと思います。象徴的なエピソードがあるのですが、がんが分かって数日後に夫が数十ページにわたるリサーチ資料を作成して送ってきたんです。


ーどのような資料ですか。


乳がんのステージごとの状態についてや、妊孕性を保つことを考慮してくれる病院についてなどを多角的に分析した資料でした。それは二人で認識を共有するためと、両家に伝えるため、頭の整理をするために作られたものでした。後で夫に聞いたのですが、彼自身もこの現実をどう乗り越えていったらいいんだろうという、どうしようもないカオスな気持ちを落ち着けるために資料を作ったようです。たぶんなにかをしていないと気持ちの行き場がないし、保てないと思ったのでしょうね。


ーまず、状況の理解をすることがご主人にとって落ち着けることだったのですね。

ちなみに、当時はまだ突如宣告を受けて間もないタイミングだったはずですが、この初動ですでに、夫婦間の議論のベースに不妊に対応する病院の知識が入っていたのはなぜですか。


もともと二人ともいずれは子供が欲しいと思っていましたし、私にもがんになると妊娠する力に影響が出るかもしれないという基礎知識がうっすらとはあったので、がんがわかった時に夫にちょっと話したんだと思います。


ーがんになったから子供をあきらめようではなくて、何ができるかを考えていたのですね。


そうですね。どこまで前向きだったかわかりませんが。二人ともまだ混乱していたのですが、思考停止はしていませんでした。


ー治療方法はご主人のリストから選んだのですか。


そうですね。自分でもインターネットを見ながら情報収集し、話し合った上で選びました。



やるべきことを淡々と



ーがん治療をして、どれくらいしてから不妊治療を始めましたか。


私の場合、ステージ自体は早期だったこともありいったんは抗がん剤治療が不要とされたので、手術後2~3か月静養してそのあと不妊治療を始めました。


ー不妊治療とがん治療をどうやって乗り越えましたか。


渦中は淡々とやるべきことをやるというマインドでした。結果として子供を二人授かり、その間に無再発のまま5年を迎えられたんですが、治療の真っ只中にいた時はできるだけ心を動かさず淡々とやってきました。がん治療の後に不妊治療をしていなかったら、起業していなかったかもしれません。両方を連続して経験したからこそそれぞれの大変さがわかって、それで一念発起したというのが大きいかもしれないです。


ーご主人には心の揺れ動きを話しましたか。


話しました。意思決定に迷うときは話したので、良い伴走者でした。夫に対しては周期的に感情が爆発することもありましたが、夫はひたすら話を聞いてくれていた気がします。



ー周りの方々との関係はどうでしたか。


その時は友達、当時の創業メンバー、がんサバイバーなど当事者性を持っていた人にリアルなことを話していました。恵まれていたんだと思いますが、どこにも気持ちを吐き出せないというのは私の場合には少なかったです。



ーお話を伺っていて、しっかりと対話をしたり、感情を溜めずに出したり言語化したりすることを大事にされていると感じます。



大事ですし、一連の体験を経てますますその重要性を感じていますね。例えば、当社が運営するWebメディア「UMU」で行う読者交流の会や、企業研修などでも、出演者のストーリーテリングや私の原体験などを題材に、小さいグループで深く語り合うワークや個人を掘り下げるワークなどを取り入れています。前提として場に十分安心安全な空気を醸成してからの話ですが、社会や組織で出しにくい感情を出すことで、元気になる。参加者のマインドセットを整える場になっていると感じます。


ー社会や組織で出しにくい感情を出せる場って良いですね。


そうですね。声に出して語る、もしくは書き出して外部化することで、自分の経験がだれかの役にたつ、あるいは自分も自分自身の力で経験を血肉化できる、という成功体験にもなりますしね。



様々な役割を求められる女性を支援したい


ー今はどのような活動をしていますか。


空気を変える担い手になる人を増やす事業、と自分では定義しています。


ー具体的に教えてください。


前職で数年間人材育成の仕事をしていた経験をベースに、働く女性の健康支援と、その周辺環境をより良くしていく活動です。前述したWebメディアの運営と、「女性活躍・ヘルスリテラシー啓発・仕事と治療の両立」などをテーマとした研修・講演からアドバイザリー・コンサルティング、及びコーチング・メンタリングなどを様々に組み合わせながら推進しています。プレ妊娠期から更年期前までの間は、ライフステージでいろいろ人生が左右されるタイミングです。今後はその時々の転機に翻弄され、ライフとキャリアの両立に課題を抱えがちな世代を一気通貫して、統合的に支援していきたいとも思っています。


ー働く女性をターゲットとしながらも、その人のライフステージや人生そのものにも寄り添う支援なのですね。


そうです。女性のキャリア支援には様々なサービスやソリューションがありながら、妊娠・出産だけに留まらない年代ごとの健康やライフステージの変化を十分に織り込んだ支援となると、なかなかまだ良質なものが多くないと思うんです。様々な役割を求められている女性が、女性ならではの身体性を生かしながら生きることを支援していきたいです。これまでも多くの働く人たちの声を聞いてきて、本当にみなさん頑張って来られたと思うんですけど、これからの時代はより一人一人の体のことを含めて、忙しく働きながらも、自分の声を聞いて自分に向き合っていける社会にしたいと思っています。


ーそう考えたきっかけはなんですか。


ここでも、一つには自分の原体験があるかもしれません。というのも、自分自身が反面教師なんです。私は乳がんというほぼ女性特有の部位ががんになって、ものすごく長い期間会社に言えなかった。自分自身の自意識が、そういうことに触れられたくなかったし、自分でもタブー視してきたんだと思います。そうした自分に真正面から向き合いたくないとも思っていました。とても理解ある職場でしたから、実際は絶対ないのに、そういう状況にいる自分が色物にみられるんじゃないか、とさえ一時期は考えていました。だから退職するまで同僚には言えなかった。それくらい今とは対極的な思考で、及び腰でした。それが自分の首を絞めてきたことに、ようやく気づけたんです。


ー内向きだったのにこの事業をやろうと思ったのはなぜですか。


そうした自分自身の過去を背負っていることがむしろ、未来のタブーを変えていきたいという原動力になっているからです。特殊な、腫れ物に触るべきものとしてがんの経験を叫ぶのではなく、むしろ、理想的には「長い人生の中の一つの経験」ととらえられる位にしたいと思って事業を始めました。もちろん個別のステージや状態によっては困難な場合もあることは重々承知の上で、それでも、このがんという経験を、人生に彩を作ってくれる経験として捉えられるような機会を作り続けたいです。



ーその思いを活動のエネルギーにしているのですね。これまでのご活動を通じ、社会の反応はいかがでしたか。


事業を立ち上げたのが2016年で、当時はまだ健康支援、妊活支援を提唱する組織も少なかったです。その空気の中で旗を揚げるのは勇気が必要でした。でも逆に声を上げにくい内容に事業活動として旗をたてたということで、大手企業やメディアがとりあげてくれました。とてもありがたかったです。今はその当時からのご縁も広がり、企業のコンサルテーション、アドバイザリー活動をメイン事業の一つとしています。その道のりがあったので、今政府が不妊治療の保険適用を中心とした支援政策を公にあげているのを見ると、社会環境がようやく本当に変わってきたなと感慨があります。




ーコンサルテーションに入っている企業の声はどうですか。


がん、不妊治療の当事者を組織として支援するのは、当然やるべきだが、施策としては難易度が高いという声があります。根深い課題は、テーマの性質上、本人からこれに困っていて、これを変えてほしいという肉声がなかなか上がってこないことです。本人は自分のキャリアにバツがついたと思われたくないし、企業は声が上がらないからニーズに合わせた施策が作れない。本人は言ったところで変わらないし、だまっていた方がラクだと思い、水面下で自分自身でなんとかしようとしてしまう。この一連のネガティブループが回ってしまうことが、組織における支援を難しくする一つの原因なんです。



会社はまず寄り添う姿勢から始める


ー企業はどうしたらいいと思いますか。


そこはまず第一に、本人の「どうしたらいいんだろう」いう気持ちに寄り添う試行錯誤をするところから始まると思います。担当者は本来支援したい、すべきと考えてくださっている方が多いはずなので、会社の中から声があがって来ないのは人事としてもこそばゆいし、苦しいし、悩ましいところだと思うんです。だから例えば無記名のアンケートを複数回やり、そこで「なにか健康上のお困りごとはありますか?」と聞き、地道に生の声を吸い上げる、といった取り組みも確実に意味があることではと思っています。そうして、「会社はあなたの声に耳を傾ける準備がありますよ」と意思表明を行なった上で、次の段階として個別で困りごとをすくい上げる、といったステップ論で、従業員との信頼関係を確認しながら丁寧に進めていくのをオススメしています。


ー当事者本人が、できるだけリスクや心身的負荷の少ない形で声を上げられる仕組みが必要ということですね。


一つはそうだと思います。後は企業側の課題としてやはり、やるからには制度設計につなげなければいけないと重くとらえすぎて、担当者自身が袋小路に入ってしまうケースも起こり得ます。なにか作らなきゃ。作らなきゃ利活用できないと思ってしまう。でも、一般的にセンシティブな領域においては、必ずしも制度設計から入らなくてもいいはず。まずは小さく始めて、ニーズ把握からじっくり進めていくのでも十分じゃないかと思います。


ーそれには具体的にどのような方法がありますか。


まずは先ほどの従業員アンケートとか、簡易的な相談窓口を作るとかの方法で、啓発活動をしていき、会社として聞く姿勢があるよっていう空気感を作ることから始めることだけでも初動は十分なのではないかと思っています。そうするとゆっくりかもしれないですがオープンな雰囲気が出来て、声も上がって来ると思います。それが結果として、ひいてはその先の制度設計につながっていくと考えています。


ーセンシティブなことだからこそいきなり制度からではなく、まずは相談できる姿勢を見せるっていうのはいいですね。


それはいわば、従業員一人一人、様々な状況に置かれた人の存在を承認します、という会社からのメッセージになるんですね。自身の企業内人材育成の実務経験から思い返しても、やはり「会社はわかっているよ。寄り添うよ」という姿勢を見せ続ける事が本当にとても大切だと思います。


ーSDGs全盛の現代、ダイバーシティ&インクルージョンを目指す全ての企業としても、それは本来共通の支援施策、社員向けインセンティブとしておいておくべきものですよね。


そうですね。がんも妊活もその他の健康課題についても、同様にそう思います。



ーこれから挑戦したいことは何ですか。


これは現時点で完全なアイデアベースですが、闘病や不妊治療を含み、想定外のなにかに直面した経験を持つ人専用の人材バンクをいずれ作りたいですね。

病気についてはその後の再発リスクを全員が抱えることになりますが、そこを加味しても、まさにレジリエンスを証明・体現した人材ですし、逆境や困難を乗り越えた人と企業がとらえなおすことで、人材支援やキャリアデザインの未来が大きく様変わりする可能性を感じています。


ー具体的には、逆境や困難を乗り越えた経験を組織などでどう生かしたらいいと思いますか。


人生100年時代に、健康課題に直面した経験者というのは「より多様な経験」を経た人でもあり、その人の人生の引き出しを増やしたということにもなると思うんです。その経験値をその人一人に留めておくのではなくて、機会を創り出し、組織や社会全体に還元する。企業自体の多様性創出とか新規事業創出の為の資産として、彼ら/彼女らの経験値を使っていくという風にとらえる企業が増えていけばと思っています。



がんに罹患した人と企業に伝えたいメッセージ


個人に伝えたいことは2つあって、1つはヘルス・リテラシーは改めて大切ということです。どんなライフステージでも健康課題を抱えることは避けられない。だから乗り越えられる力が重要で、ライフスキルのひとつだと思っています。広義ではヘルス・リテラシーとは、どう生きどう働きたいか考え続けることと私は理解しているので、それを手放さず考え続けてほしいです。2つ目は生きる姿勢。「変化しつづけることは楽しい」というメンタリティや姿勢は、すごく私たちを生きやすくすると思います。変化が怖いとか避けたいと思っても、変化は向こうからやって来てしまう。だからこそ、変わり続けることは楽しいし、怖くないと自分に思わせる力は、生きるうえで大切だと思います。そういう癖づけや習慣づけが、QOL(生活の質)を向上させる助けになることを伝え続けたいです。


ー部下からがんや不妊治療の報告をうける上司の方はどういう姿勢が必要だと思いますか。


色々ありますが、中でも「特別視しない姿勢」です。腫れ物にさわるようにせず、正当にフェアに、その人がその事象を持ちながらも生き生きと働き続けるために、何がハードルとなっているかをちゃんと聞くというスタンスが必要だと思います。評価するにも、サポートするにも、周りの人に理解をえるにも、この正しいヒアリングがないと始まらないと思っています。

ハラスメントが心配な時代だからどこまで聞くか怖いという声も聴きますが、継続就労できて、本人のQOLも落とさずに働き続けられるために支援者として何ができるか、というスタンスを貫き、目的を明示したうえで、ちゃんと必要な情報を本人から集める。そのうえで正当に、公正に健康問題と処遇を分けて考えるのが初動として大切と伝えています。


ーがんや不妊を乗り越え、その先を走っている西部さんの言葉に勇気づけられた方も多いと思います。本日はありがとうございました。



2021 年 9月20日

語り=西部沙緒里

取材=吉田ゆり

文 =小野順子

写真=ご本人提供 ※本記事はがんを経験された個人の方のお話であり、治療等の条件や判断は1人1人異なります。全ての方にあてはまるものではありません。


感想・インタビュイーへのメッセージお待ちしております




閲覧数:618回0件のコメント

最新記事

すべて表示

Comments


目次1
bottom of page